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    • 2013.04.23 Tuesday
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    アル・ジュナイナ エデンの園

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       エデンの園がサウディアラビアにあった、という学説がある。

      これがその場所だ。アル・ジュナイナという。

      アル・バハから東に約200キロ走ったビーシャの町から更に車で20分

      北上した村だ。


      左の隅にイチジクの木が見える。

      このイチジクの祖先の葉でアダムとイブが恥部を隠した

      のかも知れない。

       

      この学説は「聖書アラビア起源説」という本で理論的に証明されている。

      著者はベイルートのアメリカン大学のカマール・サリービ教授。

      いかさま学者ではないらしい。

      広河隆一・矢島三枝子両氏による日本語訳が草思社から出ている。

       

      実際に証明するためにはサウディアラビア西部の発掘調査が必要だ。

      これが本当だったら、パレスチナを約束の地だと信じている

      イスラエルの人たちはとんでもない勘違いをしていたことに

      なってしまう。

      1948年以来の中東戦争で亡くなった人たちも浮かばれない。

      大変ショッキングな学説だ。

       

      しかし、よく考えるとあり得る話でもある。

      間接証拠なら沢山ある。

      旧約聖書はユダヤ人の祖先の記録。

      ユダヤ人はセム民族の一部族。

      元々イエーメンに住み、北に向かって民族移動を行い、

      パレスチナ近辺に定住した。

      民族移動の最短経路は紅海に沿った現在のサウディアラビア西部。

      旧約聖書の原型はその民族移動の時代にできあがったこともあり得な

      いことではない。


      イスラム教の聖地であるマディーナは預言者ムハンマドの

      時代にはユダヤ人の町だった。


      聖書のソドムとゴモラは火山がなくては起こりえない話。

      パレスチナには火山はない、サウディアラビア西部のアッシール山脈

      はには死火山が連なっている などなど。

       

      ある週末にジェッダ日本人会の会員約50名が、アル・バハ

      一泊し、エデンの園があるとされるアル・ジュナイナを訪れた

      のはその学説の影響だった。

       

      場所はアル・バハから東のビーシャという町の近く。

      ビーシャは良質のデーツを初めとするその近くの農産物の集散地。

      サッカースタジアムもあり地方空港もある立派な町だった。

      ビーシャから砂漠の中を走る国道を20分ほど北上する。

      その間は砂漠と低い岩山で、エデンの園の雰囲気ではない。


      砂漠の所々にラクダの白骨が散らばっている。

      この写真、もっと骨に近づいて、腹ばいになって撮れば一見ダリの絵

      画風になっただろうにと、20年近く経った今でも後悔している

      今は撮影旅行にはいつも100円ショップのゴザを持参している。


      余談はさておき。


      突然砂漠の向こうに緑の林に囲まれた村が姿を現す。

      村の中には水量豊富な井戸が沢山ある。

      これがアル・ジュナイナである。

      ジュナイナとはアラビア語で園を意味する。

       

      驚いたのは村人たち。

      突然大型観光バスで、見慣れないアジア人が大勢姿を現した。

      好奇心の強い少年たちが我々の周りに集まり、村を案内

      してくれた。

      よく見ると女の人たちも木陰から我々を見ている。

      しかし、そちらに目を向けると彼女たちは顔を木の幹に隠す。


      羊やラクダも沢山いた。


      驚いたのは林の中の空き地のブルーシートの上に

      デーツが山盛りに積まれて、羊がそれを食べていたことだ。

      デーツはベドウインなら1日数粒で命をつなげる滋養物。

      それを羊に食べたいだけ食べさせている。

      さすがエデンの園、昔神様はアダムに

      「園のすべての木から取って食べなさい・・」と言われた。

      今は、人間が神様のご恩を羊に施している。


      たしかにこのアル・ジュナイナはエデンの園に擬されるだけの豊かな

      土地ではある。

       

      19世紀にアラビア半島を横断したイギリス人

      セイント・ジョン・フィルビーもここに一泊したそうだ。

       

      この「聖書アラビア起源説」、我々にはショッキングなのだが

      現地では寧ろ当然のことだと思われている。

      多分そういう伝承や民話があるのだろう。

       

      例えばジェッダという名はアラビア語で「おばあさん」という意味、

      ジェッダの旧市街のそばに人類最初のおばあさんであるイブ

      のお墓がある。

      詳しい地図を見るとアッシール山脈の麓には旧約聖書の

      登場人物の名前を冠した地名がいくつか見られる。

       

      民話や伝承をもとにハインリッヒ・シュリーマンはトロイの

      遺跡を発見した。

       

      あの世でもう一度この人間界に生まれてきたら、このアッシールの

      発掘調査に一生を捧げたい。

       

      サウディアラビアという国は、そうした好奇心を持つ者には

      たまらない魅力とロマンを秘めた国であった。


      シロフクロウ




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        • 2013.04.23 Tuesday
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        • 09:13
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        コメント
        サウジは本当に奥が深い国だと思います
         写真も素晴らしいですね

        •  ヒグマ
        • 2012/11/10 5:24 PM
        コメントありがとうございます。
        サウディアラビアのような国に駐在することができて本当に幸せだったと思います。
        日本では歴史というものは、既にわかり切っていて、教科書に書いてあり、それを覚える、つまり暗記物だと思われています。しかしそれは間違い。実は過去に起きたことなど殆ど分かっていない。それを色々な証拠から推測するのが歴史だと思います。サウディアラビアにいるとそのことがよくわかりました。
        • シロフクロウ
        • 2012/11/13 6:40 PM
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        人々もすなるブログといふものを、シロフクロウもしてみむとてするなり。 余は多摩動物公園に住まふシロフクロウなり。最近余をしげしげと訪ぬる男あり、写真機をたずさふ。この男余に名前を貸し賜へと請ふるにより余の名を貸したり。さてこそ余の見たる人の世の事々なれ。

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